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ホノルルマラソン‏


たいしたものだ。0時半に目覚める。外は真っ暗だ。もう起きたからには、遅刻は無いと安心する。井上君は1時に起きた。彼はさすがに運転手らしく、目覚めでぼんやりはしていない。すぐに支給されたお弁当を食べ始めた。僕は集合した場所で食べようと思っていたが、あまり井上君が美味しそうに食べるので、バナナ、焼きそばパン、マカロニサラダを食べる。

ランニングスタイルに着替えて、さあ、出発。肌寒く、暗い中を集合場所であるツワーデスクのあるシェラトンプリンセスカイウラニに行く。そこからバスでスタート地点であるアラモアナ公園に運んでもらえる。

どんどん人が集まってくる。僕たちのバスは2時半だ。JALパックでどれくらいの人が参加しているのかは知らないが、参加者2万人以上の60%が日本人だという。この企画を考えたJALは本当に偉い。今回で39回ということだが、JALが倒産後も、この企画のメインスポンサーであることは、重要なことだ。これだけのイベントを破たんを理由にスポンサーから降りたら、逆に大きな問題になる。プロが集う大会なら、降りてもいいが、みんなアマチュア、それもど素人で、とにかくハワイで走りたいという人ばかりなにだから。ホノルルで初マラソンという人が多いらしい。

人が集まり、バスに乗る。一路、暗闇の中をバスは行く。沿道を見ると、そこかしこのホテルの前にバスが行列で、横付けされている。数えきれないほどだ。

アラモアナ公園に着く。そこのショッピングセンター2階に集合し、スタートを待つ。そこにはバナナや水やジェルなどが用意されているが、オープンスペースなので、突然のシャワーにみんな屋根のあるところに避難。あまりの寒さにポンチョを着る。まさか雨の中をスタートするんじゃないよなと思う。雨はなかなか止まない。どんどん人が集まってくる。屋根のついた1階駐車場に避難した。JALパックだけで1000人いるらしい。駐車場内は満員状態だ。みんなポンチョを着て、寒さと雨をしのいでいる。

ようやく雨があがる。屋外駐車場に出て、白戸さんのリードでラジオ体操やストレッチ体操をする。身体が温まってきた。設置された簡易トイレに行く。唯一の心配事は、ウンチをしてこなかったこと。日本での大会の時は、朝起きると、ちゃんとウンチが出て、マラソン途中にウンチが出そうになることはなかったが、ハワイに来て、食べ物が違うのと、炭水化物をあまり取っていないためにウンチが出ないのかもしれない。しょうがない。その時は出たとこ勝負だ。井上君は便秘気味の人らしく、ウンチは気にしていない。でも顔が緊張している。今から走る、42.195キロに思いをはせているのだろう。彼はキロ7分で走りたいと言っている。今回は、せっかく一緒に参加してくれたので、必ず彼を完走させようと思っている。そうでないと申し訳ない。キロ7分で走れば、5時間を切ることが出来る。私は、せっかくハワイに来たのだから、いろいろなところで写真を撮りたい、応援の人とも触れ合いたいと思っている。いわゆるフアン・ランに徹して、楽しみながら、井上君のサポートができたらと思う。

とにかく最初を抑えることだ。

ペースメーカーが紹介される。3時間半、4時間、4時間半、5時間・・・と続く。4時間や4時間半を目指す人が多い。僕たちは5時間のペースメーカーのところに行く。白戸さんが、「5時間以降は遠足ですから、楽しんで行きましょう」と言う。おお、ついに遠足ペースで走るのか。

スタート場所は、もう人、人、人だ。人の川が出来ている。まったく身動きがとれないほどだ。日本人も多いが、欧米人も目立つ。しかし、これだけの日本人がマラソンのためにハワイに来ているというのは、一見、奇異に思うけど、すごいことだ。決して金持ちが道楽できているわけではない。若い女性が多いが、毎日の収入の中から、ホノルル行きの貯金をして、きているのだ。自分へのご褒美ということだろう。また老夫婦も多い。家族で来ているのか。ここまで頑張ったやはりご褒美なのか。いろいろな思いでこのハワイに来ている。単にワイキキで泳ぐより、なにか記念に・・・、そんな思いかもしれない。夫婦が壇上に上げられた。奥さんが誕生日なのだそうだ。これで3回目。結婚と奥さんの誕生日プレゼントでホノルルマラソンに参加する。素晴らしいことだ。国内のマラソンでそんなことはあまりない。東京マラソンで、ペアランがあるが、夫婦である必要はない。ワン・東京に申し込んでいる人のペアだ。そんなセコイことを言わずに夫婦なら参加させるということにしたらいい。若い人も東京マラソンを目指して結婚をするかもしれない。ホノルルマラソンは抽選ではないから、こうしたこともできるのだろうが。東京マラソンのように10倍以上の抽選倍率になったら、そういうこともできないのか。

スタートのピストルは聞こえないが、5時丁度に花火が上がった。人が一斉に動き出す。ものすごい人の流れだ。花火は次々に上げられる。カメラを構える。数発で終わりかと思っていたら、ちょっとした花火大会みたいに連続して、ホノルルの朝の闇を華やかに彩っている。歓声があちこちで上がっている。みんなの喜びが弾けている。

「井上君、行くぞ」

「はい」

井上君がスタートを勢いよく飛び出そうとする。

「抑えて、抑えて。ゆっくり行こうじゃないか」

「最初に目指す撮影ポイントは、ダウンタウンの小学校のクリスマス飾り付けだよ」

走りはゆっくりだが、快調だ。暗い街の中にクリスマスイリュミネーションが明るく輝いて美しい。未明のスタートは、涼しく、走り易い。

それにしてもどうして日本からこれだけの人がホノルルでマラソンをするのだろうか。あらためて不思議に思う。東京マラソンで外国人が60%を超えたら、異常でしょう?と井上君は言うが、その通りだ。ここに至るまでのJALや関係者の努力は大変なものだっただろう。現在のようにマラソンブームじゃない頃から始めているのだから、その見識は大したものだ。ある若い女性は、マラソンはマイナスイオンが出て、ヒーリング効果があると言った。それがハワイで出来ることが嬉しい。ここはリゾートとして最高の場所だ。気が楽だし、食べ物もありとどんなものも美味しい。買い物は楽しい。店員は親切だ。ここで多少のハメを外しても叱られない。色々な思いがあって、まずハワイを選んで、その次にマラソンが来るのだろうか。ハワイの空気をいっぱい吸って、ハワイの中を走れたらどんなにかいい思い出になるだろうかと思うのだろうか。

アラモアナ通りを走る。ダウンタウンではクリスマス飾りの前で多くの人が写真を撮っている。私たちも記録を狙っているわけではないので写真を撮る。他のランナーからも写真を撮ってくれと依頼される。

さあ、また出発だ。官庁街のキングス通り、カピオラニ通りを走り、最初のスタートしたアラモアナショッピングセンターの前を抜ける。まだ夜明け前なのに人が集まっていて応援をしてくれる。決して日本人による日本人のためのイベントではない。キロ表示もあるが、よくわからない。マイル表示が基本だ。普段、1キロペースで走っているので、マイルになると良く分らない。1.6キロなので11分から12分なら井上君が目標とする7分台で、5時間を切ることができる。しかし、どうもキロ8分台だ。井上君は早くも顔が赤くなり、真剣だ。4マイル付近、まだキロにして6,7キロなのになんだか疲れている。これは困った。ワイキキビーチを望みながら、カラカウ通りを走る。まだ薄暗い。

6マイルでもキロに直すと、8分以上だ。

「自分のペースで、でも7分が目標だろう?頑張ろう」と言うが、反応はいまいちだ。井上君はもうこのあたりでキロ7分を諦め、とにかく完走を目指すことに切り替えていたようだ。

ダイヤモンドヘッドの上りになる。僕はそれほどの上りとも思わないが、井上君はかなり疲れている。まわりでももう歩いている人がたくさんいる。ホノルルマラソンはラップを気にしたりしないで、歩き、走りするのが常道のようだ。

でも井上君はとにかく歩かないで走ることを目標にしている。必死で足を動かしている。

天気は曇りで涼しく走り易い。ダイヤモンドヘッドで朝日をみることが出来るかと思ったが、曇っていて残念だった。少し周りが明るくなった。この辺りで6時46分。写真を撮る。8マイル過ぎだ。13キロくらい。キロ7から8分か。

下り。キラウエア通り。もう辺りはすっかり明るくなった。下りの景色が素晴らしい。朝日に向かってみんなが走っている。井上君は写真の時だけ明るいが後はかなり厳しい顔だ。

「大丈夫か」と声をかける。トイレに行きたいというので一緒にいく。短調なカラニアオレハイウエイに沿った道を走る。もうここで3時間以上だ。14マイル付近だ。沿道には多くに人が応援に駆け付けている。歌あり踊りありで楽しい。また旅行社が応援を出しているので沿道に人が切れることは無い。エイドでは、ゲータレードと水、スポンジが配られる。地元の高校生がやっている。みんな歓声を上げるのが上手い。

3時間35分ほど走ったハワイカイドライブあたりだと思うが、早稲田の稲門会の応援があり、会長と写真に収まる。ホノルル支部だそうだ。

折り返しは、日本のようにポールがあるわけでなく、町をぐるりと巡る。折り返しのケアホレ通りあたりにアコーディオンをかぶり物をきて演奏して応援するおばあさんがいた。となりにベンチがあったので一緒に写真に収まった。ここで3時間47分走った。

17、18マイルに来ると井上君もかなりぐったり。時折、ストレッチをさせたりして、走る。写真を撮るときも、休憩だ。

また変化の少ないハイウエイ沿いを走る。左手に海が広がっている。カハラ通りの上りを走り、ダイヤモンドヘッドのところで39キロのプレートを持ち、写真を撮る。

「もう少しだぞ」

井上君に声をかけながら、このままラストまで全力で走りたい気持ちになる。今、はしれば5時間を切ることが出来る。でも止めた。このまま井上君のサポートを徹して走ることにする。だんだんと沿道の人が多くなる。自分の家の前に水のカップなどが捨てられていても怒る気配もない。毎年のイベントをみんなで楽しんでいる様子だ。

最後の上りになってきた。井上君はかなりきつそうだ。またストレッチを試みる。少し休めばこの丘を登り切ることが出来る。腕を振れ、前後にしっかり振れ。ゆっくりゆっくり確かめるように上って行く。多くの人が歩いている。それでもいい、一歩を踏み出せばゴールに近づく。沿道からはゴールを目指せとの声がかかる。井上君の顔が赤らんでいる。普通に見ると、このまま挫折するんじゃないかと思う。

僕の方は、残りをキロ5分で走ることが出来るほど体力を余している。マラソンは年齢じゃない。経験が物を言うが、それでも休み癖をつけないことだ。井上君、足をだせ、走れ、走れ。

カピオラニ公園に入った。残り1キロだ。

「おい、あと1キロだぞ」

「はい。頑張ります」

直線に入ると、遠くにゴールが見えた。FINISHの文字が見える。沿道の応援の声がだんだん大きくなる。ものすごい人だ。みんなが一人一人のランナーを応援する。その声が耳に届くと、本当に励まされる。足が軽くなる。

町中の人が応援してくれる。オレンジやプリツエッルやチョコレートを配ってくれる。演奏や太鼓やダンスなどなど。ハワイのイベントとして完全に定着していると感心する。日本人のマラソンだと誤解していた自分が恥ずかしい。

「もう少しだ。頑張れ」と井上君に言う。

「はい」とだけ答える。

かなり足に来ているようだ。足がつったっている。僕は、先に行き、写真を撮るからとカメラを構える。その時だけ笑顔でポーズ。そうそう、笑顔で走るんだよ。笑顔で。

地元のテレビで22000人以上(完走者19000人以上)最後のゴールは、11歳の豊田市出身の11歳。ふらふらでお母さんの懐に抱かれた。

井上君も棄権せず、5時間33分(ネットは20分くらい)でゴールイン。感動したかどうかより、足が棒になったようだ。

ゴールでハワイの女性から貝殻のレイを首にかけてもらう。ちゃっかり二人とも写真に収まった。井上君も完走Tシャツをもらえた。やりきった感じはあるようだ。

僕の方は、本当にフアンランで、写真を撮り、沿道の人と触れ合いのランだったので、記録より記憶ということになる。足のダメージもなく、痛かった捻挫も治ったみたいだ。ただしゆっくり走ること、他人をサポートすること、これは結構つらい。自分を抑えねばならないことが辛いのだ。

JALパックのテントでパワーランチ(カレーとトン汁や果物)とマツモトという地元で偉く人気のかき氷をもらう。

カレーがやたらと美味い。そこかしこで楽しげに語らう人がいる。足を引きずりながら歩いている。しかし、みんな笑顔だ。満足げな顔だ。

ホノルルマラソンの男子最高は2時間14分ほど、女子は2時間30分ほどのようだ。先頭を走るランナーも記録よりも記憶なのかもしれない。

町には完走Tシャツが溢れている。ヂュークは欧米人の客ばかりだが、その中でも完走Tシャツを着ている人がいる。嬉しいのだ。コングラチュレーションと言ってくれる。若い女性が多い。マラソンも走ると、脳がすっきりする。現代女性はストレス過剰なのかもしれない。

公式の大会結果報告によると、フルマラソン参加者22615名。そのうち日本人は12360名。震災の影響で日本人参加者の減少が懸念されたが、昨年比1割減にとどまったと王国している。レースデーウオーク(10キロ)にが2642名参加。そのうち日本人は1999名。

天候は、スタート時午前5時、曇り、気温23度、湿度79%、北東の風毎秒4m

午前10時、曇り、気温24度、湿度74%、北東の風毎秒8m。

23度も会ったのかと思うほど涼しい中でのランだった。風は強いと感じるところがあった。

フル男子はケニアの選手が、2時間14分55秒で2連覇。ビーチバレーの浅尾美和さんが、4時間10分7秒で初マラソン完走した。

最後のゴールは、豊田市の11歳の全盲の少女。タイムは14時間3分12秒だ。お母さんに抱かれて感動のゴールインの様子が地元テレビに放送された。

参加人数の減少には震災ばかりではなく景気の悪化なども影響しているのだろう。しかし、それにしても応援する人も入れると、いったい何人の日本人が来たのだろうか。ざっと20000人とすると、彼らの旅費だけで30万円、滞在中に落とすお金が10万円とすると、40万円、これだけで80億円だ。他の国の参加者もいるから、このホノルルマラソンだけで100億円くらいの経済効果はあるのではないだろうか。厳密に計算すればもっとあるかもしれない。たった1日だけのイベント、滞在をいれても長い人で1週間ぐらいでこの効果はハワイにとって嬉しいだろう。

マラソンが各地で盛んになるのは、こうした経済効果が大きいからだ。しかし、経済効果だけを狙っただけでは上手くいかない。ホノルルマラソンがいいのは、ボランティアが1万人もいて、彼らがとても楽しそうなこと、そして街をあげてランナーに対してのホスピタリティがあることだろう。街全体が一つになって盛り上げる気運になることが必要だ。日本でも全国各地でマラソン大会が町おこしの一環で行われているが、マラソンの前後の盛り上げなど、ホノルルマラソンは大いに参考になる。

明日はホノルル出発だ。念願のホノルルマラソンは終わった。