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曖昧さ(2)

何もかもに曖昧さで対処する私たちは、日本から逃げ出すことはできない。
明快さを求める海外の人や企業が、原発リスクの最悪の事態(連続する福島原発格納容器爆発、他の原発を直下型地震が起き、日本の原発が各地で破壊される事態)を想定し、逃げ出すのを止めるわけにはいかない。
そんなこと起きるわけがないじゃないかと言うだろうが米軍は米国に置いてそういう事態を想定して訓練を繰り返している。だから当然に福島原発の事態を受けて80キロ圏内に退避命令をだしたのだ。
極論だが、曖昧さに耐えられるなら、原発近辺で堂々とがれきを撤去し、復興に着手した方が日本人らしいと言えるかもしれない。
あらゆることを受け流してきたのだから。
禅の心は、そこに留まらないことだという。受け、流す、これが日本人だとすれば、原発も、放射能も受け、流すことが出来るかもしれない。
こんなことは極論ではなく、暴論だと言うなら、政府は、早く最悪の事態に備えよと国民に語りかけるべきだろう。国民は、逃げ出さないから。その最悪さえ受け、流して、歩き出すから。